ワンコイン太極拳同好会

雲 yun

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JR横浜線大口駅

徒歩3分

神ノ木地区センター4F

毎週木曜

12:00~14:00

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事務局

090-4620-8233

細野 ほその

oogutit@gmail.com

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facebookに投稿していたものを転載しています

2016年

9月

11日

膨らむ感じ

最近の気付きで、発勁で相手を崩すのに膨らんだ状態で、崩しに行くといとも簡単に崩せることを学んだ。以前から先生に丹田と足を繋いで注意されていたが、よくわからなかった。この日初めて、お腹を緩めて、意識と重みが足裏に落ちたのを感じた。何時も丹田と思っている位置よりももう少し下の場所へ意識を落とす。なんとも言えない安心感がある。体が膨らんでいる感じがする。膨らんでいるので、体が一つにまとまっている。一つにまとまっているので、腕や手がそれぞれに筋肉で勝手に動くことができない。腰は足とつながっている、足は地面と接している。地面をけるのではなくて、足裏、膝を緩め引き上げようとすると、体が下に落ちそうになる、それに反して落ちないように体全体が反応する。この時、ちょっとでも、下へ落ちたり膝曲げるとこの力は生まれないし、膨らむことができない。このようにして力まず立ちながら、足の下から力が上がってくる。その力が腰を通り背中を通り頭を抜けている。その途中で手にも流れる。地面から足を通り上がっていく流れと同時に、今度は天から頭、を通り下に向かって流れる流れがある。これらは、丹田に集まる。体がボールのようになってその中心に丹田がある。

2016年

5月

17日

太極拳の4文字熟語 拳論について

私見ですが、拳論や4文字熟語は、本来の人間の動きが書かれているのでないか?それを目指して完成させるのではなくて、気が付いたらそのようになっていたというようなことではないか?

例えば、沈肩墜肘「ちんけんついちゅう」という言葉があるが、手を前に力を入れピーンと伸ばして、相手に、もってもらって、引っ張ってみてください。ひくことしかできませんね。こんどは、ひじを緩めてみてください。そうすると肩も緩みます。どうです?楽にひけけますよね。本来そうなっているんですね。堆手の時の捨己従人「しゃきじゅうじん」これも、自分を捨てて、相手についていくとなっています。みんな難しいといいますが、この自分を捨てて、相手についていくというのは、相手の動きを聴いているときに、自分は、いちいち今自分は相手の動きを見ているなど考えていませんよね。ましてや、自分の右足の親指の圧力はなどど考えませんよね。自分がないですよね。意識を集中するということは、自分がなくなっているんですよ。ところが次の瞬間、相手に負けないようにとか、自分が入ったとたん、こわばる力が生まれてしまいます。相手にしっかり、押してもらって、抵抗しないで体の中に吸収するように受けて、押し倒されてみてください。それを何回か繰り返していくと、どこで倒れるのかが、分かるようになります。この時、しっかり相手の動きが見れるようになります。つまりこういったことを追求していくのですが、修業して積み上げていくのではなく、求めるのでもない。こうすると楽なんだとわかって気が付いてく作業なのではないかと思います。

2015年

12月

20日

勁力いのち

太極拳の命は、勁力です。

勁力が何なのかを追及していかなければ、太極拳を何年やってもその恩恵に浴することができません。

と言っては、身も蓋もありませんが、週に一回みんなで套路を流し気持ちよく汗をかいて、終われば、みんなでお昼やお茶といった具合に、そういうことを目的とすれば、それなり意味はあります。決して悪いことではありません。そういう楽しみ方もあります。しかし、どうせやるなら本物を学んで、皆で盛り上がってみてはどうでしょうか。

勁力とはいったい何のか?教室では今日始めた人も、20年以上やっている人も、同じ場で学んでいます。どうせやるなら、踊りの太極拳ではない本物に1ミリでも迫りたい。教える先生も(私)も、勁力をについて毎回どうやって伝えるか、毎回毎回悩みながらやっています。皆のまで、勁力の説明をしていて、素人のおじさんやおばさんを倒せなくて、笑われることもたくさんあります。現在もそうですが・・・・笑い。まだまだ未熟です。

 

私も「ゆるめばいいのよ」「あなたの体の中の問題だから教えられないのよ」と何回も言われました。

結局わかんない人は、ず~っとわかんないじゃん!

当会では、勁力について、分かっても分かんなくても、ず~っと説明をしつづけます。理屈ではなく言葉を覚えるように、薄紙を一枚一枚貼り付けていくような作業ですが、あきらめません。見捨てることはしません。

「あっ!そういうことなのか!」とわかるまで根気よく教えます。

勁力について、ある日突然YOUTUBEで中国の老師のビデオを見ていて、あっこれだ!と分かったのです。ある動画に何かがひっかかって、何回も見ました。英語なので、単語を翻訳しながら毎日見ました。気が付いたら3ヶ月ぐらてました。それは、今まで、日本の推手の講習会やその他の講習会に沢山参加しましたが、どの講習会でも聞いたことがないことでした。分かってしまうと、なんだこんなことか、なんでこんなことを教えないのか?、なぜ何十年もやっている人たちが理解できないのか? 空手の達人が、倍ぐらいあるボディビルダをを片手で軽々と倒してしまう。体が何処も動かないのに、相手が吹っ飛んでしまう。こんなことができるのは、勁力を使うからです。

これが分かれば、今までの自分の間違いが明確になります。推手の講習会で崩せないのか?

よく、youtubeなんか見てもだめなんだよねと言う人がいますが、偽物の実物を見るより、youtubeではいくつでも本物が見れます。

カルチャーで気軽に始め、ちょっと体が柔らかく運動センスのいい人が、大会で上位になる。確かに体は硬いよりも柔らかいほうがいいし、力はあったほうがいいです。しかしそれはもって生まれたものが大部分です。体の堅い人は硬いなり、力の無い人は、無いなりの体の使い方をすればいいのです。それが太極拳です

太極拳論にこうあります。

 武術の流派も多く、その型(技)も多様だが、おおむね強い者が弱い者をいじめ、技の快い者が技の遅い者を負かすだけのことである。力ある人が力なき人に勝ち、遅い人が速い人にやられる。こんなことは自然の能力であって、稽古を積んで得られることではない。見たまえ、ごく小さな力で重いものをはねのけることができるのは、あきらかに力で勝てるものではない。 また、老人が大勢に勝つことができるのも、老人の技が速いから勝てたのではない。なんと痛快なことであろうか

2015年

11月

28日

太極拳の「する」と「なる」

太極拳での「する」と「なる」

沈肩墜肘で、手を引っ張ってもらって、それを引こうとしたとき、肘が伸び切っているとうまく引くことができないが、肘を少し落として、引くと、肘が落ちて、肩が下がり、なんと沈肩墜肘になる。太極拳の4文字熟語のほとんどの動作は、「する」のではなくて「なる」の動作だ。

勁力は、体の中が膨らみ、皮膚が引っ張られた状態時「なる」。この引っ張りで、套路を打つ。地球の引力で体を緩めると沈み込み、その時、落ちないように頭や背中、骨、他が支える。この時に頂勁が生まれ「なる」のだ。

套路の形に「する」ではなくて、動作が正しければ自然とその形に「なる」のだ

2015年

11月

05日

勁力について考察する3

11月の1日から3段の試験が始まったようで、私のところの先生も受験で朝早く起きて新小岩まで行くといっていた。どうだったか、聞いてみたが、「五分五分」とのこと。このような返事が返ってくるということは、結構いい線いっているのでは?と思っている
去年は、聞いてみると「大丈夫 たぶん 受かっている」といったので、根拠を聞いてみると、無かった。案の定落ちた。そのものに肉薄すると、その難しさがわかるので、「五分五分かな~」といったような答えになる。
もし今回落ちても、課題が具体的に見えているので、何をどうしていいのかといった迷いがなくスッキリと課題に挑取り組める。ほとんどの人が、具体的に何をしたらいいのかわかず、やみくもに、たくさん講習会に出て、さらに迷路陥る。

さて、今回は、膨らむ頂勁について、書きたいと思う。
この膨らむ頂勁は非常に大事で、ポン勁のことだ。
このポン勁が理解できないと、套路を打っても太極拳ではなくなるといえる。
ポン勁とは、体の中心から、外に向かった膨らむ球状の勁力のことで、これがいろいろ変化して、8種類の勁となる「ぽん・りー・じー・あん・りえ・かい・かお・ちゅう」
先に書いた、細長い頂勁は百会を下げず全身をズリズリと緩め落とすことで、全身の皮膚が引っ張られる。これが頂勁と書いた。これは勁力が何なのかを理解するためにかいた。
百会を落とさないことは、同じだが、今回は体全部・全身どこも動かさない。全身をカニの甲羅のようにして、体の中の肉を重力で下に緩め落とす。このとき、不思議なことが起きる。皮膚が2~3センチ膨らむ感じがする。これがポン勁だ。(「太極拳理の要諦 銭育才 著」には、骨が肉から離れ、皮が肉から離れ、体全体が透明なった感じ)とある
肩・肘が下に落ちないようにすると、意識ではそれを上にお押し上げている、また逆に肩甲骨や背中が肘を釣りさげているような感じがする。これがポン勁だ。
これ分かってくると、緩む・膨らむは瞬間同時起こることがわかる。
それともう一つ、この時、軸がないように感じる。丁度、張子の虎のような状態だ
ここで開合についてすこし書いておかなくてならないと思う
拳論によると、体が膨らんでいるのが、「開」動作が止まると「合」
単純に考えればこうなんだけれども、わかりやすく表現を変えれば、「開」(軸がない)で膨らんだ後は、次に膨らむために意識を足裏に落とす「合」この時は、軸ができる。これらが交互に止まることなく繰り返される。
この時の「合」のとらえ方が、ほとんどの人が誤解している。「合」で体萎える、縮こまる人が多い。「合」のときに丹田に意識を戻して言われて萎えてしまう。これは大きな誤解であり間違いだ。「合」はむしろ膨らむのだ!
太極拳では、常にポン勁がある。これは見方を変えれば、常に相手から押し続けられているということ。両手を左右に広げ、両方から人に押してもらって、それを押されないようにして、意識を足裏に落とし、お腹・胸を緩める。これが「合」この時、軸を感じないと崩れる。手や足を絶対動かないようにロックしておいて、緩む・膨らむは「開」瞬間、軸がない。開合は、陰陽と同じで、呼吸のように、吸い切れば吐く、吐き切れば吸うのと同じだ。
だから太極拳の套路は、止まらない。
ここで書いていることは、全体のほんの一部であり、例えば「合」のとき足に意識を下ろすときの肘の位置や、肩、腰、膝などの位置ななど文書で書くと膨大な量になるので、良き指導者に見てもらって指導してもらうのが時間的にも、経済的にもいいと思う
いつも根底にあるのは、太極拳は武術であり、最小の力で、相手を崩すということを、目安にすれば、これやあれや、迷うことないと思う。「表演」だとどうしても、見る人の主観が入り、見る人の数だけ正解がるが、この「崩せる」かどうかは、答えは一つだけであるので、ここを基準に考えれば、迷うことがなくなると思う。

足に下ろすの意味
手と足をつなげることで、推掌で相手を押すとき、相手に接触している手は、足とつなげて押す。この時、手で押していない。足でけっているのと同じだ。
この足とつながるのが難しい。套路を正しく理解していないと足と繋げることが出来ずに、手だけの力で押してしまう。
膝・肘の位置が非常に重要になる。これが分かれば、套路の意味がわかるとともに、太極拳というの非常に良く考えられた武術だと再認識される